ひとり (蓉子→聖)




「貴女が好きよ」

「知ってる」

そう、これは間違いの無い事実。



「例え貴女が他の子に、」

「うん」

真摯な言葉に対する首肯。
勿論根拠もあるし納得もしてるはず。けれど彼女は心の片隅で、
きっと違和感を感じてる。彼女自身気づかない程隅っこで。



「惹かれてしまったのなら」

「…………」

諦めるだろう。努めて潔く見えるように取り繕って。肝心の貴女にだけは見透かされながら。



「……お願い、何か言って」


駄目、やっぱり何も言わないで


「ようこ、」


塞いだ耳の隙間には小さな棘が入り込んだ。



「好きよ」

「……うん」

この酷く繊細で優しい瞳が私に向けられているのはいつまでだろう。
それでも。

貴女に今気持ちを伝えられている私は、それだけで途方もなく幸せ者だから。


「聖」

いつまでも独り、貴女に。














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停滞   (蓉子→聖)




届くかもしれないということは、届かないかもしれないということ。


「私はそんなに楽観的には、なれないのよ…」
自嘲気味に呟く。いや、まさに自嘲そのものと言って差し支えは無い。前々から理解してはいたけれど、この自分の性格に付き合うのは中々疲れるものだった。
理解しては、いたけれど。


聖は随分前から窓際に椅子を寄せ、頬杖をついて眠り込んでいる。
江利子は書類を出しに行くと行って出ていったきり行方不明。
後は……まあ、諸々の理由。しかるべき用事。彼女達にサボタージュという単語も余り似合わない。どこぞの薔薇の冠を被った二人と違って。

皆は帰路についた。江利子はいない。聖は眠り込んでいる。つまり薔薇の館には、無防備な白薔薇さまと自分の二人きり。
二人、きり。


酷く甘美なその響きは言いようも無い苦しさで埋められる。胸が締めつけられる。嗚呼、私に勇気が有れば、彼女に勇気が有れば。


私をここから、解放してくれますか?


冷めきった紅茶を捨てるために、私はそっと席を立った。






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がらんどう  (江利子→聖蓉)






壊れていく様子なんて見たく無かった。

それは嘘。でも。

他人のせいで壊れていく蓉子は、間違い無く見たく無かった。



昨夜覗き見た涙の跡はもう、消えてしまっている。強固な意志。それは、脆弱な心を守るための。

貴女が欲しかった。優しい微笑みなど要らない。憎悪に燃えた瞳でも虚ろな視線でも構わない。ただ、貴女のさらけ出された感情が欲しかった。



行動出来る貴女が羨ましい。全てを殴り捨ててまで。
享受出来る彼女が羨ましい。蔑みながら甘んじていて。

私だけが止まっている。選んだ道は何も無い。がらんどう。

がらんどう。



見たく無い、けれど。
この位置は観覧に最適なのだ。
舞台に駆け寄ることは、叶わないけれど。


硝子張りの保護膜を、
叩き割ったら傷付くのは一体どちらかしら?


仮定ばかりの現実はいつもがらんどう。


がらんどう。



(これを埋められるのは貴女だけと知っていて、それでも)





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白日  (蓉子→聖江)





白日の下で置き去り。


知っている。聖も江利子も、遅刻なんてしていない。多分とっくに来ている。今頃二人で悪戯っ子みたいに、笑っている。それは闇の中での方が似合うであろう笑み。私の今の感情にも近い気がする。わだかまりと呼べばいいのか。嫉妬では無い。必死の否定は抑えきれずに宙に浮いた。空が高い。救いを求めた訳でも無いのに。わざと高みまで突き離しているかと思える程度には、高い。


ぐるぐると、集合場所を。南口から出発して一周、二周。けれど目の端に、ひらりひらりと薄布が横切っていくだけ。ヘアバンドを目にした気がして振り返るけれど、続いた甲高い笑い声が歩みを止めさせる。電車が滑り込んで人の群れが。一寸したファッション街には女性とカップルばかり。
嗚呼、一人なのだな。
分かりきっていたことを唐突に、思い知らされてしまった。

アイスクリームの自販機は打ち捨てられたように通路の奥にいた。形だけ悩んだふりをして、それでも矢張り買うことはしない。携帯電話を睨みつける。ちっとも鳴らないことに対して。自分からかけられないことに対して。八つ当たりは未来のエネルギーまで奪い去る。空気の悪い構内の外れは白日の下より少しだけ落ち着いた。それが強がりにしか過ぎないことなど、自分が一番良く分かっていた。


事実喜ばしいことなのだ。私がいなくともやっていける。それを夢見て行動してきたつもりでは無かったか。滅私奉公ではない。私など溢れて、溢れていた。向ける相手が消えてしまって、どうしようも無く途方にくれてしまうくらいには。
若い男の視線を振り切って、私はまた駅口に立つ。


想像した笑顔は心の底からのものだった。優しくて暖かくて残酷だった。

馬鹿みたいに照らされ続けて出来る影は随分とその長さを伸ばしていた。


携帯電話の振動が届くのは後35分かかることなど知る由無しに。
私はぼんやりと炎天下で灼かれていた。置いてきぼりの体と心を持て余しながら。





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束の間の   (志摩子→聖蓉)





久しぶりに、喧嘩をした。
いや、ある意味では初めてかもしれない。いつも私が勝手に拗ねてふてくされて反抗してただけ。蓉子を少し傷つけて、本当は少しかどうかなんて分かりはしないんだけど、それでも彼女が再び近づいてくれるのを待ってただけ。蓉子に純粋に怒られたっていうのは、寧ろ叱られたって感じのニュアンスを持つ。だからそれで蓉子が私の側を離れたことなんて無かった。自惚れ? ううん、そうじゃなくて二人の関係なんてそんなもんだったんだよって。親友以前に保護者みたいだった。反抗期だからさ。素直になんか聞けなかったんだよ。


……そうですか。


うん。それで今、やっぱり落ち込んでる。悪いこと言ったなっていうのは分かる。分かるんだけど、何したらいいか分かんない。蓉子に謝るって言ったって、どうすればいいんだろう。


それで、私に?


うん、迷惑だよね……ごめん。


……いいえ。


ううん、迷惑なんだよ。はは……どうしよう。懺悔でもすればいいのかな?


……私に蓉子さまのことをされても、何も解決はされませんし、そもそも私にはそのようなものを受ける資格は有りませんよ。
でも……


……でも?

……それでお姉さまの気持ちが少しでも楽になるのなら、そうして頂いた方がいいのかもしれません。


……志摩子は優しいね。優し過ぎるよ。


……そんなことは、有りませんよ。



(だって、貴女にだけですから。)




あと一時間もすれば彼女のところに戻るのであろう、そして幸せな笑みを浮かべるであろうお姉さまを腕に抱きながら、私は思うのです。
この時間がお姉さまのために早く終わってほしいと思う反面、私のために少しでも長く続けばいいと。
このぬくもりが、いつまでも私の元にあってくれればいいのにと。



そんなことばかりを。






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片思いスペシャル(苦笑)。苦手なものキャンペーンです。