聖×蓉子




起き抜けの体は重い。



丸まって眠る習性がいつからだったのかは記憶に無いが、2年よりは絶対に前だと言えるとは思う。2年間。共に眠る暖かさを覚えてしまった自分が小さく布団にくるまっている。端正な聖の顔が至近距離に存在している。そっと頬を擦り寄せて、嗚呼今聖が目覚めてしまったらどうしよう、そんなことを考えて。北風の遮断された、しかし底冷えともいえる寒さの中小さく欠伸を噛み殺す。歯がかたりと鳴って聖が身動きをする。一瞬強張った体に自分で苦笑した。


起床までは一時間。聖を起こすのは一時間半後で、出かけるまでには二時間半。
指折り数えて揺れた指針は寒さに軍配があがった。それから聖の温もりに。
広いベッド、少し窮屈なくらいくっついて目を閉じる。縮こまった手足はそれで充分暖かい。重い体は再び重力を無くしていく。或いは引き寄せられずぶずぶと埋もれていく。


眠りに落ちる寸前柔らかく触れたのは聖の手の平のぬくもり。















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聖×江利子




「……何掘ってるの?」

「穴」


嗚呼私はこの現状と単純すぎる答えに対して一体どんなリアクションを取れば良いのだろう。生憎神もマリア様も信じていないのだ。仕方がないから蓉子に呟いておく。全くどうにかして欲しい。
現文をさぼったはいいがこの寒さで昼寝は厳しい、さて何をしようと歩き出したところでこれだ。運が良いのか悪いのか。
……いや、悪いな。絶対。


目の前の江利子。リリアンの制服に指定コート、手袋……じゃなくて軍手。手編みのマフラーにシャベル。因みに学校の備品。
私が同じ格好をしたら間違いなく彼女自身に大爆笑されるであろう姿を前にして私はしかしちっとも笑えなかった。どうせろくでもないことだ。ざくりざくりと掘り返された地面は几帳面な流線型を描いている。眠い。さぼりとしては反則的だけど、今日は薔薇の館で昼寝にしようか。


「聖」


「……なにさ?」


嗚呼だからそう目を輝かせないで欲しいのだ。とてつもなく嫌な予感に紛れて期待と愛おしさが覗くから。悪戯の罠を張った子供のように胸を高鳴らせないでいてくれないか。なにせ彼女の悪戯は罠は冗談ではなくたちが悪い。被害しか受けない、それも、飛びきりの奴だ。


斜め右から視線を戻すと案の定江利子は悪魔の笑み。私のぼやきなど勿論知る訳がない。
その代わりにこの高揚感も好きな気持ちも気づかれてはいないのだと。早々とその誘惑に負けておくことにする。なだらかな穴を飛び越えれば、待っているのはパレットの上のような色合い。

全部が混ざってそして鮮やかになる。







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江利子×蓉子






優しさなんてない。でも、憐れみもない。どんどん排除していった先に残るのはただのふたりだけ。薔薇の冠も親友という鎖も楔もふたりの間に確固として存在する彼女でさえも消えて。私たちが存在しているのは多分生温い無風地帯。知っている。現実はずっと遠いところにある癖これさえも内包していると。


「蓉子」

本当はこんな呼称すら、ない方がいいのに。

それでも振り向かせるため口に出す。彼女は柔らかい動作で顔をあげる。安心しきった目。怯えの微かに残る底。意志が強いからなのか弱いからなのか背反する感情をまとめて封じ込めてしまう彼女は私よりも小柄だった。華奢な指が布地を掴む。まとめて数枚。いっそ私の左腕ごと。

なにもしないということを行うのは存外に難しい。面白みのある種類ではないから努力しようとも思わない。電源を切ってしまった携帯電話が振動した気がして無遠慮に弾き飛ばした。反故にした約束がふたつ。きっと私の返事を待っている。
冷めたままの左腕が摩擦される。握り締めてもなにも出やしないのに。縋られてもなにもあげられやしないのに。それでもこのままなのは私も同じだった。だから尚更。


柵のない檻の中には今日も空気が滞り続けている。






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乃梨子×志摩子





「あら、」

まるで昔馴染みを雑踏の中に見つけたときのような、懐かしげで少し弾んだ声音でもって志摩子さんは私を呼んだ。でもそれは何となく私に当てられたものではない感じがした。紅茶色の髪が私の視界を緩く遮る。志摩子さんはそう不意に立ち止まって役者の自然さで私の方を向く。

ほら、雪よ。乃梨子。


志摩子さんは一音一音が整っている。丸みを帯びて並んでいる。たまにこうやって弾むのだ。私は釣られて上を向いた。溶けかけの、ほとんどみぞれに近いものが一滴。私の頬の上ですぐに溶けていく。ついさっきまで校舎の端にかかっていた斜陽はもうどこかに行ってしまった。秋の夜は釣瓶落とし。晩秋とも初冬ともいえる季節だけれども。

うん、そうだね。

つっかえていた何かは素っ気なさすぎる言葉として吐き出された。志摩子さんはゆっくりと笑う。多分私も同じ表情をしている。ほの暗さは段々と絞るように明度を落としていき比例して雪の量は増えてきた。マフラーと手袋しかしていない自分には少し冷たい。でも、同じ格好の志摩子さんの方がきっともっと。

だからその行為に深い意味は無かった。目の前の彼女にくっついてしまえばもっと暖かい。とても自然にそう思って。





私の腕の中の志摩子さんはただ綺麗、と呟いた。目は遠い高いところをじっと見つめていた。けれど同時に私の方を向いていた。自意識過剰でも構わない。それがただ単純に嬉しかったのだから。私は雪が綺麗だと、こんなに純粋に無邪気に言う人を他に知らない。おまけに志摩子さんはそれよりずっとずっと綺麗で私の希望を我が儘を聞いてくれるくらい優しいのだ。そんな歯の浮く台詞を、平気で考えられる自分も知らない。
ひとつ角を曲がればマリア像の前。私はいつまでもこうしていられたらいいのにと思った。柔らかい毛糸で包まれた手を私は手袋越しに感じていた。耳が痛いほど冷たくて両手はとても暖かかった。
雪は少しずつ量を増し翌朝の白一面の準備を始めていた。

はらはら、はらはらと落ちていく。







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消してしまおうかとも思ってましたが一応。括りは冬、だったような。