コーヒータイム











カフェインが頭を働かせると言ったのはどこの誰だったろうか。多分有名な人の有名な科白などではない。例えば目の前にいる彼女だとか、週に二回だけ顔を見せる非常勤講師だとか。きっとそこいらの誰かの、聞き流すことを目的として構築された独り言の中にでも含まれていたのだろう。その真意や真偽はともかく、私はその言葉に感謝していた。それ以上でもそれ以下でもない。感謝。ふわりと立ちのぼる薄いインスタントの匂い。

自分の嗅覚がそれを捉えたことに私は酷く満足する。薄ぺらいのは性に合っている。赤いタータンチェックのテーブルクロス。ずんどうで白一色のマグカップ。茹で玉子の黄身のようなティースプーン。軽薄なカフェインの香り。滑稽ではないか。

くつくつと笑って濃い茶色を掻き混ぜる。カチャリと不自然な響きを立てる食器。このスプーンはマグカップの深さに少しばかり足りない。

机を挟んだ反対側の彼女は、軽く眉を潜めている。うん、極めて蓉子らしい。もうすぐ何か聞いてくる。実は彼女は融点が低い。沸点はどうだか知らないが。


カシャン


内壁をつつくと音が変わる。ひび割れてここからコーヒーが染み出ていけばいいのに。ポタポタと落ちる焦茶色。白と赤には背反しない。悪くないな。


カシャ、カシャ、カシャン


割れてしまえ。

陶器ではなく安っぽいプラスチック製であるからそう簡単にお望み通りとはいかない。ちんけな空想の世界をたゆたう。ああ、カフェインは頭を働かせるのだっけ。促進効果だね。
感謝していた言葉を笑い飛ばす。パサリとミステリの謎解きのページを先に捲った時のような、マリア様を撃ち抜いた時のような爽快感。


「聖。」

「ん?」


実は蓉子が私を呼ぶ声は少し嫌いだ。自分が神聖化、いやそれはいい過ぎとしても少々美化されている気がする。佐藤聖の感は鋭いんだよ?

こちらを見る蓉子の目が非難を帯びてきたのでヘタリと笑っておく。無防備の一歩手前。けれど明確な線引き。

おまけにひらひらと手をふるのもつけると呆れたように嘆息して、立ち上がった。その様も余りにも蓉子らしくてまた少し笑える。溜め息の似合う人はきっと生き下手だ。

匂いが混ざった。恐らく、アールグレイ。そういえば自分のマグカップからのものは随分薄くなってしまった。冷めかけたそれをもう一度乱暴に混ぜる。ブラックは混ぜる必要などない。必要なことしかやらないものがいるのだから不必要なことしかやらないものがいてもいいだろう。結論をこじつけ封じ込める。自己分析は時に酷くざらついている。

紅茶の匂いは好みではない。マグカップの中に鼻をうずめた。


「飲まないの?」


柔らかい声。今更ながらに冷えきった足が揺れる。裸足に刺さる冷気。手からこぼれていく温度。黒耀の視線に耐えきれなくなり一口、すすった。







午前4時半。
もうすぐ、朝が来る。