朝陽はただ眩しかった。東側に大きくとられている窓からは、カーテンという薄い布などではとても受けとめきれない程の光が降り注いでいた。静かに。無言の圧力、圧倒的な力で日光は私達ふたりの部屋に押し入ってきていた。


眠たげな瞳はまだ何の感情も内包していない。トロリとしていて柔らかい。何故だか半熟の目玉焼きを思い出してしまった。お腹がクウと鳴る。そういえば昨夜から何も食べていない。

燦々と降り続ける粒子から引き離すかのように抱き寄せる。蓉子が小さく息を飲む音が聞こえた。ささやかな満足感。今彼女の瞳には何が浮かんでいる?映っているのはきっと私の服。キャミソールを通して伝わる吐息。


ふとそれが不規則に変わった。小さすぎて聞き取れないが江利子と呟いたのだ、と感じる。非難や拒絶の気配は無かったので私はそのままにして。息を吐き出すと首筋にでもかかったのか蓉子はくすぐったそうに身をすくめた。僅かな疑問。穏やかな覚醒。その時間の余りの遅さに私の方が焦ってしまう程に。



蓉子の部屋は蓉子の雰囲気がする。当たり前だ、けれどそのことに歓喜してしまっている私が。少し詰まらなくて少し笑える。結局そういうことなのだ、と。分かってしまっているから、気がつけば聖の私物を探している私の意識ももう、気にとめないことにしていた。

沢山の話をした気がする。余り細かいことは、覚えていないのだけれど。蓉子が妙に饒舌だったと、微かに。もぞもぞと胸の辺りで蓉子が動いた。戯れに髪をすけば身じろぎ。お目覚めの様ね。


掛け時計の針の行方はきっちりと朝。後5分経ったら丁度12時間蓉子といることになる。一日の半分。それに意味があるとも、大して思いはしない。時間で勝負する気など無い。昔から、勝ち目の無い争いはしない主義なのだ。


お腹空いたわね。

拘束を緩め、囁く。ぱ、と反射的に蓉子の顔があげられる。予想通り、そしていつも通り。何かを迷っている、言い淀んでいる表情。軽く笑って私は蓉子の胸に倒れこんだ。出来ることなら見たくなかったから。

視界はオフホワイト。陽が反射されて吸収されて眩しい。朝の匂い。吸い込んで息をとめてみる。私の背中に回った手は抱き締めるというよりはしがみついているようで。さっきと逆とは言えない状態。呼吸で上下する感触が心地よかったけれどそっと離れた。朝陽にきっと引き裂かれた。


帰る、というと蓉子はいつだって非道く傷ついた顔をする。時間が迫っていることくらい分かっているだろうに。分かっているからするのだろうか。少しばかりの婉曲では蓉子を誤魔化せるわけがない。いや、どんなに工夫したところで無理なのだ。幸福の後に来るのはいつも後悔。空腹感が不快になる前が潮時。


寂しいなら聖に言えばいいのだ。隠れて小さく小さく泣くのは蓉子の癖。しがみついて。縋りついて。

置いていく訳じゃないのに。寧ろ逆。いつだって、待っていたのは私の方。



久々に心から微笑んで。言葉の代わりに額にキス。けして跡の付かない印。

サンダルとハンドバッグを掴んで窓を乗り越える。そのまま素足で駆けてアスファルトまで。



「おはよっ、蓉子」

聖の声が玄関口から聞こえてきた。