春 (聖×祐巳)
桜、と聞いてまず思い出すのは志摩子さん。それはもう断トツで、それから乃梨子ちゃん。 そして、もう一人。志摩子さんのお姉さまで、私のお姉さまでは無いんだけど、大好きな人。お姉さまには中々好きなんて正面からは言えないから、多分とても貴重な人。食べ物の趣味はあまり合わない。よくからかわれる。 ……えーと、私なんで聖さまのことなんて考えてたんだっけ……?
「……聖さま」
知らず知らず、口にまで出していたようで。
「……なぁに、祐巳ちゃん」
………っ!?
咄嗟の反応は多分、声になってなかった。
けらけらと笑って手を振ってこちらに歩いてくる人物は、確かに聖さまそのものだった。え、嘘、信じられない。誰かにはめられた?でも流石に私でも「聖さまに会いたい」なんて表情してたわけじゃないだろう。それ以前に、聖さまのこと考え出したのはついさっきだし。そんな先のことまで考えつかれても、困る。
うーん……。 なんて考えてたら、笑ったまま聖さまはベンチに座った。手招きされて、素直に横に腰かけてしまう。何か、もっと大事なことがあったような気がするのだけれど。 ……そうだ。
「ど、」
………… 聖さま、絶対笑いをこらえてる。 もう一度、初めから。息をひとつ吸って。
「どうしてここにいるんですか、聖さま」
よし言えた。そうっと窺うと予想外に近くに顔があった。
「だってここ、大学の構内だし」
……へ? まるで金縛り。言葉だけで固まってしまう。
「大学の敷地に高等部の制服着た子がはいかいしてて、なんか思い詰めた表情だよ、て言われたら見にいきたくならない?」
…言ってること、暖かいようですごく野次馬精神な気がする。
「おまけに私の名前呼び出すし」
……それは忘れてください。
「それで?何かあった?」
「……何かってなんですか」
「祥子と喧嘩とか」
「残念ですけれど」
にこり、意図的に目一杯微笑んでみる。正直、表情を作るってこれくらいが限界なんだけど……。
少し驚いた風の聖さま。作っていた壁は、あっという間に崩壊。それを見た聖さまは、すぐさま悪戯っぽく笑って。
「…ぎゃ……」
暖かい感触。ちっとも変わらない。…ついでに私の声も、だけど。 今はこんなにも懐かしくて。ちょっと不謹慎だけど、幸せで。無条件に甘えられる場所。
……あ。 どうして聖さまに逢いたかったのか。少しだけ、分かったと思えた。
腕の中から見た大学校舎には三分咲きの桜が、私たちにそっと、手を伸ばしていた。
→夏(×志摩子)
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