イチゴ味








アイスが食べたかったのだと、飄々と言ってやおら靴を脱ぎだしたので、私は大層慌ててしまった。何よ溶けちゃうよ、と笑ったお姉さまは私に濡れた袋を押しつける。なんとか避けたけれど額を掠めて、冷たさに視線だけで抗議。その間にもお姉さまは本格的に家に上がってしまうのだ。訊きもせずにす、と廊下を右に曲がる姿が見える。勝手知ったる、とでも言うのだろうか。
束の間漂っていた意識をかき集め取り敢えず靴を揃えておく。後で、帰りやすいように。指先にほんの少し触れた温もりに頬の体温もつられて上がる。……いや、これは外気のせい。言い訳と一緒に玄関の戸もきっちり閉めてしまう。知らず知らず詰めていた息がほ、と漏れた。




自室はもっと積極的な熱気で覆われていた。当然だ、暖房をつけたままにしておいたのだから。お姉さまは風が直接は当たらないけれど一番暖かいところ、平たく言うと私が先程まで座っていたところでくつろいでいた。少し迷ったが結局、お姉さまの正面に腰を下ろす。




「どっちがいい?」

白と桃色のパッケージ。早くしないと溶けちゃうよ、と再度言って差し出して。自分が食べたい方、というより、お姉さまが苺アイスをくわえている姿を想像して私は笑ってしまった。顔一面に出るような分かり易さは余り無いけれど、それでもしっかり通じるには充分。また何か言われる前に桃色を受け取る。水滴と共にさっきの温もりが消えていった。残念と思うより先に袋を破いてしまう。甘い匂いと乾燥した空気が混ざっていく。不思議な感じ。




志摩子さ、食べたかったでしょ

え?



黙々と消費していく作業に少々飽いた頃だった。当然やめる訳にもいかず、困りながらもそれを口に運んでいたとき。
何がですか。そう訊こうと正面を向く。
お姉さまはこちらを見てやっぱり微笑っていた。




……あ。

暖められ伝う半溶けの液体を掬う舌。指先に重なって、ぶれるように薔薇の館が夏を運んできた。暑い。でもこれは熱気のせい。リリアンの、制服のせい。




セーターの粗い繊維がざらりと袖口を擦って私は我に返った。旧式のストーブが温風を吐き出し続けている室内。お姉さまはいつの間にか食べ終え、残った棒をかじるようにくわえていた。
ぽたり。不透明な色のついた滴が落ちて暖色の染みをつくる。机の上にゆるゆると広がる。次々と滴るそれを止めるより先に見とれてしまった。一粒跳ねて手の甲にかかる。……冷たい。当たり前の筈の感想がやって来たのは随分と後のこと。




なーにやってんの、

目の前のカップにさくりと何か刺さる音がした。手から急に消えた重みが私のすぐ近くをさ迷ってでもいるかのように。視線は落ちたまま机上を滑っていく。


たどり着いた先はお姉さまのコートの裾。更にたどると長い指。慌てて目を逸らす。それなのに目が合ってしまってにこり。微笑まれる。




それじゃ、帰ろうかな

え!?

言ったでしょ、アイス食べに来たって



今日はどうにも振り回されっぱなしな気がする。それでも、帰るなら玄関までは送らなければ。立ち上がろうとするとふわり、頭に何か乗せられて。



さっき取り上げられたアイスかしら。
有り得ないことを一瞬、考えてしまう。




いいの、私の自己満足だったんだから


ああこの人はやっぱり優しすぎて少し残酷だ、と。
溢れ出る感情に身を任せるかのように体重を預けた。俯いているから顔を見ることは叶わないけれど、出来るなら少し驚いていてくれればいい。何でも分かっているかのように、微笑んでばかりなどいないで欲しい。でも、きっと。こう思っていることでさえ、お姉さまには見透かされているのだ。




ぽんぽんと軽く叩かれて顔を上げられないままでいると。
夏休みの気怠い猛暑が押し寄せて来た気がして、私は重力に従おうとする滴を自分で掬い取った。
溶けた苺はきっとあの時のお姉さまのアイスの味。




この手の温かさが消える前に、どれだけの時間があるのかしら。
結局私からは送り出せないまま、ただそれだけを思った。

思ってしまった。